本誌連動企画:エンジニアに聞くトヨタ・ヤリスWRCの現在地 トム・ファウラー編 – RALLYPLUS.NET ラリープラス

本誌連動企画:エンジニアに聞くトヨタ・ヤリスWRCの現在地 トム・ファウラー編

©Naoki Kobayashi

18年ぶりに復帰したトヨタの活躍は、WRCの戦いをこれまで以上に興味深いものとした。彼らの戦う姿は、WRCに多くのファンを呼び戻し、また新たなファンを生むきっかけともなっている。ここまでの3戦は、モンテカルロでいきなりの2位、続くスウェーデンでは早くも優勝を達成。しかし、第3戦メキシコでは一転して苦しい戦いとなった。

ヤリスWRCの現在地を、生みの親であるエンジニアはどう見ているのか。チームのヘッド・オブ・エンジニアリングを務めるトム・ファウラーにメキシコでインタビューした。本誌RALLY PLUS vol.13との連動企画でお届けする。

「いい結果が出るはずだという確信はあった」

ーースウェーデンには2台のヤリスWRCが出場し、ヤリ‐マティ・ラトバラが優勝しました。シーズンのこれほど早い時期にヤリスが勝つことを予想していましたか?
「2戦目での優勝は予想していなかったが、マシンを可能なかぎり良くするために、できることはすべてやってきた。勝てたことはうれしい驚きだったけれど、まったく予想はしていなかった」

ーー開幕前、ジャーナリストやラリー関係者のなかにはトヨタの実力を疑っている人もいました。トヨタのマシンについては何の情報も持っていなかったからです。ドライバーは良いマシンだと話していましたが、自信はありましたか?
「チームは準備に忙しく、開発期間中に何が起きているかなどの情報は、プレスや外部にあまり出ていなかった。最も重要な仕事は、限りある時間でマシンに懸命に取り組むこと。ドライバー、エンジニア、技術者などの経験豊富なプロ集団全員が、WRカーの開発に全力を注いできた。だからチーム内には、正しいことを行っていて、いい結果が出るはずだという確信があった。とは言えレギュレーションもマシンも、以前から大きな変更があったこともあり、根本的な懸念は全員が抱いていた。他の4チームも精一杯の仕事をしてくるだろうし、他と比較して自分たちがどのポジションにつけられるかは予想が難しかった。けれど少なくとも、これまでの仕事は正しかったことが分かったので、開幕2戦の結果をとてもうれしく思っている」

ーーモンテカルロの2位という結果を得た後、自信を得ましたか?
「2台のマシンが信頼性をもって走ることができて、モンテカルロの後は自信がついた。それが重要なことだから。モンテカルロでは非常に小さな技術的トラブルがいくつかあったが、ほかのチームには私たちよりも大きな問題が発生していた。まずはマシンに信頼性があることが本当にうれしかったし、その信頼性のおかげでヤリ‐マティは好成績を挙げることができた。モンテカルロはコンディションがトリッキーで、とても難しいラリーだ。寒いうえに、色々な状況に対応しなければならない。ラリー終盤でも、ほかと比べると(私たちの)マシンは確実な走りができていて、最良のポジションにつけることができた。純粋にパフォーマンスによって得た結果ではないと分かっているが、それでも満足だ」

ーーこれまでに大きなテクニカルトラブルはありましたか?
「ない。モンテカルロでの問題は小さなものだった。知っているかもしれないが、何度かエンジンのスタートでトラブルがあったが、修復した。これもセンサーの小さな問題で、対策済みだ。サービス中には何度か問題になったけれど、レース中にトラブルになったことはなく、パフォーマンスにも影響は出ていない。スウェーデンでは状況はさらに良くなっていて、マシンにトラブルはまったくなかった」

ーーこの信頼性の高さは、予想していましたか?
「開発において(信頼性は)優先度の高い要素だった。テストでも多くの距離を走り、WRカーとしてはかなり長い1万8000kmをこなした」

TOYOTA

ーーたった1年間という開発期間は、かなり短いものだと思います。その点については問題ありませんでしたか?
「もっと時間があれば良かったかもしれないけれど、そんな選択肢はなかった。優先順位をつけ、時間のなかで可能なことをやってきた。そのためにチーム全体が、非常に熱心に取り組んだ。1年間、チームは基本的には毎日働いて、普通の人よりも長い時間を作業に費やしてきた。この期間に多くの仕事をこなしたんだ」

ーー睡眠時間は取れましたか?
「あまり取れなかったよ(笑)」

ーースウェーデンの最終日、ヤリ‐マティはとても速かったです。突然速くなったように見えましたが、何か技術的な変更があったのでしょうか。
「初日のポジションは理想的ではなかったものの、パフォーマンスは1日目もとても良かった。彼のタイムと、スタートポジションでは好条件だった後方のマシンを比較すると、彼の初日のパフォーマンスは桁外れだった。最終日は技術的に大きな変更はしておらず、サスペンションなどの小さなセッティング変更を施しただけだ。ヤリ‐マティが最終日にあれほどの速さを見せたのは、彼がラリー全体をとおして、マシンに対する自信を得たからだ。目標が何かも分かっていたし、マシンのパフォーマンスや信頼性を心配する必要もなかった。ただ自分の仕事に集中して、あれだけのことができたんだ」

ーーヤリ‐マティは、2日目はスペアタイヤを2本搭載し、最終日は1本だけにしたと言っていました。これが結果に影響しましたか?
「スノーラリーではタイヤ戦略がかなり重要になる。スタッドのコンディションがパフォーマンスと強く結びついているからだ。タイヤを多く積めばマシンは重くなる。スタッドのコンディションとマシン重量の間で、うまい妥協点を探り出さなければならない。最初の数日間は主にスペアを2本積んでいたが、それは必要があってのことだ。スタッドは摩耗しやすいが、そのために多くの重りを積むことになってしまう。最終日の決断として戦略を変更した。それが、彼のパフォーマンスの助けになったことは明らかだ。特にパワーステージでね」

ーーあれには驚きました。彼のドライビングは素晴らしかった。
「この競技の特徴として、ドライバーがマシンに対して自信が得られていると、良いパフォーマンスを発揮できる。何もかもが良いところに落ち着いて、心理的に追い風の効果をもたらしてくれる」

ーー精神的な部分が重要だということですね。
「極めて重要だ。ラリーの最中、ヤリ‐マティはとてもモチベーションが高く、安定していた」

ーーヤリ‐マティは以前、メンタルで弱い部分もありましたが、トヨタではリラックスして落ち着いています。なぜだと思いますか?
「私は以前、ヤリ‐マティとフォードで仕事をしていたことがある。トヨタではうまく順応しているし、チームのコンセプトが『一丸となって仕事にあたる(we all work together)』というもので、最高の結果を得るための雰囲気がフレンドリーなんだ。ヤリ‐マティはそれにうまく応えている。チームの本拠地はフィンランドで、ヤリ‐マティもフィンランド人ドライバーだ。家族のような、フレンドリーな人間に囲まれている。母国語でコミュニケーションが取れることも含めて、環境に満足し、自信を得ているのだろう。それがパフォーマンス向上につながった」

ーーあなたはイギリス人ですが、フィンランドのチームにいることをどう思いますか?
「問題はない。私たちは10カ国の国籍からなるチームだ。スタッフはそれぞれ違う言語で話をするけれど、主なコミュニケーションは英語になる。チームとしてはそれでうまく機能している。いろんな国のスタッフがいるんだ」

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