シュコダ・ファビアの歴代ラリーカーを振り返る:トニ・ガルデマイスター/ヤン・コペッキー – RALLYPLUS.NET ラリープラス

シュコダ・ファビアの歴代ラリーカーを振り返る:トニ・ガルデマイスター/ヤン・コペッキー

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2023年から、新型ラリー2マシン、シュコダ・ファビアRSラリー2を投入するシュコダ・モータースポーツ。ファビアのラリーカーは、これが4代目となる。WRカーがトップカテゴリーを戦っただけでなく、カスタマー向けラリーカーとして、WRC2やFIA地域選手権、世界各国の国内選手権で活躍を続けたファビアのラリーカーに携わったドライバーたちが、歴代のモデルを振り返っている。

まずはファビアWRCでWRCに参戦していたトニ・ガルデマイスターだ。

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Q:トニ、ファビアWRCの開発に関わってきたが、初めてマシンに乗った時はどのような感じだったか
ガルデマイスター(TG):2003年のことなので、思い出すのはかなり大変だね。でも、新しいことが始まるので、とても興味深い時期だったことは覚えている。オクタビアWRCからファビアWRCにスイッチする時で、とてもワクワクしていた。このマシンには、すごく期待をかけていたよ。実に興味深い日々だったね。

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Q:一番のお気に入りはオクタビアWRCだそうだが、ファビアWRCとの一番の違いは何か
TG:オクタビアWRCは、自分がとても好きなマシンだ。もちろん、勝利は収められなかったが、とても予想がつきやすい挙動をしたクルマだった。何をどうすればいいのか、自分にはハッキリ分かることができた。それからファビアWRCの開発が始まった時、ドライビング面ではまったく違うものになった。

Q:ファビアWRCはどこが良かった?
TG:見た目がいいよね。今でも、一番カッコいいWRカーのひとつだと思っている。あのサイズが好きだし、独特のギヤシフトやステアリングの周りのパドルが好きだった。ドライビングも、すごく楽しかった。

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ラリー界の「Mr.シュコダ」と言えば、ヤン・コペッキー。WRC、ERCですべてのファビアのラリーカーに乗っている唯一のドライバーだ。

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Q:初めてファビアWRCでWRCに出た時はどのような感じだったか
コペッキー(JK):
2004年のスペインだったが、正直、あまりいい思い出ではない。チェコ選手権を制して、初めてWRCに参戦するチャンスをつかんだ。金曜日にクラッシュして終わってしまったが、自分にとってはかなりいい勉強になった。

Q:オクタビアWRCよりもファビアWRCの方が自分のドライビングスタイルには合っていたか
JK:
そうだね。オクタビアWRCは1シーズンしか乗らなかったし、ファビアWRCをドライブした方が多い。速さがあって、かなりトルクが太いいいマシンだった。シュコダ・モータースポーツのサポートを得てドライブした時は、いいリザルトを収めることができた。初めての金星は2006年のスペインで、5位でフィニッシュした。その時はサロウが拠点で新しいステージを走行することになったが、あそこのスムースでサーキットのようなターマックは自分にすごく合っていた。以前、サーキットレースをしていたことも、かなり役にたった。1年後のドイツでは、チェコのファンがたくさん応援に来てくれて、この時も5位でフィニッシュした。その頃は機械式デフや、定圧デフで走っていたが、クルマがすごくよく動いてくれた。

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Q:シュコダ・モータースポーツにとっては、それがWRカー時代の最後となったが、新しい開発も始まっていた。S2000マシンの開発には関わっていたか
JK:
実はファビアWRCの時から開発には関わっていたが、経験豊富なドライバーがあまりやりたがらなかった作業を自分はやっていた。たとえばギヤボックスのテストとして、一日中、ポリゴン上を行ったり来たりして、ギヤチェンジとブレーキだけで走り続けるとかね。でも、ファビアS2000の開発には、初期段階から関わった。

Q:この時代のファビアのラリーマシンについて覚えていることは。
JK:
自分にとって完璧なマシンだった。その後、ファビアR5を初めてドライブした時と比べると、まったく別物だった。ファビアS2000は、ゴーカートのようなハンドリングと、独特の2リッターエンジン、そして素晴らしいサウンドで、完璧なまでに正確なドライビングができるマシンだった。自分はあのマシンが大好きだったよ。

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