ミケルセン「ヒュンダイのマシンは馴染むのに苦労した」 – RALLYPLUS.NET ラリープラス

ミケルセン「ヒュンダイのマシンは馴染むのに苦労した」

©Andreas Mikkelsen

アンドレアス・ミケルセンは、ヒュンダイのスポットドライバーとして活動した2年間は波乱続きだったものの、この間も自分の能力を疑ったことはなかったと語った。

ミケルセンは2019年にポディウムフィニッシュを3回マークしたものの、ヒュンダイ在籍時代の活動は自身のキャリアの中ではベストのものではなかった。2020年、トヨタからオィット・タナックが移籍すると、ミケルセンはこのチームでの活動の場を失ったが、2021年からWRCの単独タイヤサプライヤーとなるピレリの開発を担う公式テストドライバーの職をつかんでいる。

「ヒュンダイでの2年間は、彼ら側からも自分側からも、少しフラストレーションがたまるものだった」とミケルセンは語った。
「僕らはどちらも、もっといいリザルトを収めたいと思っていたが、マシンに慣れるためにあんなに苦戦したのは、人生のなかでも初めてだったと言える。もちろん、どんなマシンもドライビングの仕方は異なるものだし、自分があのような問題を抱えたことはなかったのだが、ヒュンダイはほかとは大きく違っていた」

「あのマシンはティエリー・ヌービルのドライビングスタイルに合うように作られていて、ストレートとブレーキング重視。自分は、コーナーをなぞるようにブレーキングをするのが好みだ。ハンドブレーキをものすごくたくさん使わなくてはならなかった。グラベルでも、6速でも使わなくてはならなかった。本当にトリッキーだった。特にターマックではね」

「2017年のラリードイツで自分はターマック戦で優勝争いをしていたのに、3、4カ月後、スペインのターマックでは散々だった。ターマックであのマシンが自分に合っていなかったことはすごくハッキリしていたが、必死でマシンの作業に取り組み自分のドライビングスタイルを合わせようとした。でも、自分のスタイルは自分が信じていたもの。セバスチャン・ローブやセバスチャン・オジエのスタイルだ。オジエは彼のスタイルをローブから学び、自分はフォルクスワーゲン時代にオジエのスタイルを学んだ」

ミケルセンは、ヒュンダイ時代の問題の一部は、自分の意見が受け入れてもらいにくいことにあったと言い、それが結果的に自分のリザルトに表れたのだと語る。
「ヒュンダイでの初年を終えた時も、何も変わらなかった」とミケルセンは明かす。
「自分のドライビングスタイルにつなげようとマシンに変更を行ってもらうよう必死でプッシュしたが、何も起こらなかった。2年目になって、アダモ(チーム代表のアンドレア・アダモ)が変更をし始めると、マシンは自分がドライブしやすいような方向性に動いていった。あの変更が行われた後にあのマシンに乗る機会があまりなかったのは、少し悔しいね」

ピレリのテストドライバーとしての任務に関してミケルセンは「このチャンスを活かしてWRCに戻る道を探れるよう、必死に戦っていく。最高にモチベーションが高まっているよ。これまでにないほど、自分はいい状態になっている。マシンにはいつでも戻れる準備はできている」
(Graham Lister)

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