
©Naoki Kobayashi
トヨタ・ガズーレーシングがWRCで通用する選手の育成を標榜しているWRCチャレンジプログラムは、先日開催されたWRC第4戦ラリーカナリア諸島において、トレーニング中の2期生、3期生がそれぞれWRC2部門、WRC3部門に参戦。貴重な実戦経験を積み続けている。
一方、昨年TGR WRCチャレンジプログラム4期生として選出された尾形莉欧(写真右)と柳杭田貫太も、今年2月にフィンランドに渡り、トレーニングを開始した。
昨年もプログラムのファイナリストに選出されている尾形は、eスポーツでチャンピオンを獲得しているほか、大学の自動車部でダートトライアル参戦の経験もあるが、ラリー参戦は未経験。柳杭田は2023年にフォーミュラドリフトジャパン(FDJ)でチャンピオンを獲得、カッレ・ロバンペラとの対決を制した最終戦の岡山で勝田貴元に見いだされて、勝田が立ち上げたTK Motorsportに加わった。ラリー未経験であったが、2024年はMORIZO Challenge CupにトヨタGRヤリスで参戦。全日本8戦中ターマック6戦を経験した。
今回、一時帰国中の尾形と柳杭田に話を聞くことができた。
なお4期生選考時には、プログラムとしては初めてコ・ドライバー向けのセレクションを実施し前川富哉が選出されており、すでにベテランドライバーのヤルッコ・ニカラと組んで実戦でのトレーニングを開始。WRCカナリア諸島でも、ニカラとともにレッキに参加した。
──フィンランド北部のラップランドで行われたという4期生セレクションの最終選考は、どのような感じでしたか?
柳杭田貫太(KY):アイストラックで、4日半ほど、4WD、FF、FRといろいろなクルマに乗りました。最初はノーマルのGRヤリスにスタッドタイヤを履いたのですが、スタッドにも何種類かあって、3mmくらいから始めました。
最初は駆動方式の違いに慣れるところから、という感じでした。周りのドライバーはみんな上手だったのですが、タイムは教えてもらえなかったので、自分がどれくらい速いのか分かりませんでした。だから、とにかく自分の走りに集中するだけでした。
尾形莉欧(RO):自分は、雪での走行経験はありませんでした。2度目のファイナルでしたが、前回落ちた時の原因を考えながら、1年間それに向けての対策をしてきたつもりです。自分には「こういう走りがしたい」という、こだわりのようなものがあったのですが、それが雪では本当にうまくいかなくて。そこで、考え方を変えて、もっと柔軟に、「雪は雪の走り方」というのをやろうと思いました。
──選出された理由は伝えられましたか?
KY:『コンシスタント』と言われたので、一貫したドライビングを評価されたのかなと感じています。
RO:自分はあまり記憶がなくて。トレーナーも、「いいよ〜」とか「悪くないね〜」というようなことしか言わないんです。選ばれた後、ふたりでタイムを聞きに行ったのですが「そんなに悪かったら選ばれていないよ」といったことを言われただけでしたね。
──選ばれた時の気持ちはいかがでしたか?
KY:素直にうれしかったですね。解放されたというか(笑)。
RO:僕も安心した、という感じでしたね。このプログラムは本当にすごくいい環境なので、ここで受からなかったら、今後これを越えることはできなさそうだな、と思っていました。これまで思うように予算を作ることができず競技経験が少なくいままで進んできたので、まだもう少しモータースポーツを続けていていいのかな、とも思いました。
2月上旬にフィンランドに移ったふたりは、まず1カ月、トレーニング生活を過ごした。
──この1カ月は、どのようなトレーニングをしていたのですか?
KY:ひたすらテストで、ラリー4を乗らせてもらって。いろんなトラックや本格的なステージを使ったり、ほぼ毎週のように走っていました。走行がない日は、コ・ドライバーと一緒にペースノートのトレーニングと、フィットネスのトレーニングを毎日やっていました。
ふたりは今年6月を目処に実戦への参戦を開始する予定とのこと。尾形はミカエル・コルホネン、柳杭田はビレ・マニセンマキと組むことが決まっており、トレーニングもこのコンビで行っているという。
──どのような環境で生活をしているのですか?
KY:ユバスキラにある、2期生、3期生と同じアパートに住んでいます。自分たちのコ・ドライバーも、普段は同じアパートに住んで、週末だけ地元に帰っていますね。
──フィンランドの生活はいかがですか?
KY:物価が高いので、最近自炊を始めて頑張っています。ペペロンチーノとかカルボナーラとか。先日はカレーを食べたくなったので、アジアンマーケットに行ってカレーを買ったり。お米はけっこう美味しいので、鍋で炊いたりしています。トルティーヤでタコスみたいなのを作ったり、結構楽しいです。
RO:貫太さんはひとり暮らしの経験があるから、味の引き出しが多くて。自分も頑張っていますが、火災報知器を鳴らしちゃったりして(笑)。
KY:莉欧は火災報知器を鳴らしちゃうんですよ(笑)。
RO:換気扇のスイッチが平らな接触式で、押したと思っていたのに押せていなかったんですよね。
KY:何を作ってたんだっけ? 鍋からすごい煙が出ていて。
RO:オリーブオイルを温めていたら、火がドカーンって。IHが初めてで、パワーの具合が分からないんですよね。やっと慣れてきました。あと、チキンを焼いていて、オーブンを開けた瞬間にその煙で報知器が鳴っちゃって。部屋が長細いから、空気の流れが悪いんですかね(苦笑)。
ドタバタな様子がいかにも新生活の始まり、というふたりだが、実戦に向けての意気込みについても話してくれた。
──尾形選手はまだ実戦でのラリー経験はありませんが、ラリーを一戦走り切るまでのイメージは、できていますか?
OR:本当にありがたいことに、このプログラムでいっぱいテストさせてもらっています。ニカラ/前川組と一緒にテストを行うことも多いのですが、時には、ラリー4マシンで国内戦を優勝しているニカラさんと同じような走りができる日もあります。手応えを感じる時もありますし、こんな感じでいいのかな、というラインが分かってきているかなという感じです。
実際のラリーは、やったことがないから何も分からない、というのが正直なところです。ラリーでは、テストのように同じところを何度も走れるわけではないのですが、そこは不安ということはなくて、とても楽しみです。ラリーのシステムを1日通してやるというのが初めてなので、まずはそこの雰囲気を確かめながら、という感じです。
──柳杭田選手は昨年、ラリーを始めて1年間参戦してきましたが、今の時点での自分の課題はどんなところにあると思っていますか?
KY:一番はペースノートだと思っています。まだ安定していないんですよね。単純に、コーナーのアングルを表す数字とかも結構バラつきがあります。自分の中での指標となる数字がまだ100%定まっていないんです。
今は、アングルは1〜9段階で作っているのですが、日本はタイトコーナーが多いので1〜4くらいしかほぼ使っていませんでした。でも、フィンランドでは、ハイスピードなので6〜9がメイン。それによって、キツいコーナーの感覚も自分のなかでどんどん変わってきているので、まだまだ練習が必要です。
──去年、MORIZO Challenge Cupに1シーズン参戦した経験は役に立ちそうですか?
KY:参戦してよかったと思っています。フィンランドで走る時にも、去年1年の経験は絶対活きてくると思うので。ラリーはまだまだ初心者ですが、去年、学んできたことも忘れずに取り組もうと思います。
──ラリーの実戦を見に行く機会があったそうですが、どんな印象でしたか?
RO:求められている答えとは絶対に違うと思いますけど……クラッシュした時に観客が助けに行くスピードが速い(笑)!
KY:1回、救出したもんね。
RO:救出しました。アンダーが出て、雪の壁の方にドワーンって行ってしまった。もうみんな、「出そう出そう!」みたいになっていた。ぐわーって出して、そのままの気合で30mくらい引きずっていきました。
KY:観客が助けたくて仕方がないんですよね。観客みんなが熱いです。
──尾形選手はeスポーツの経験が豊富ですが、リアルの競技に活かせそうですか?
RO: いくつか考えを持ってやるようにはしているのですが、やっぱりクルマのコントロールとかは別物というか。それこそ、実車でも、ターマックとスノーでも違うと思いますし、それにはそれに合った経験が必要だと思っています。そこは経験を積むしかないのですが、ただ、タイムの出し方は一緒だと思っているので、自分がたまにほかの人よりちょっと速くなれるのはそのおかげかなと思っています。
──最初の実戦に向けて、それぞれどのような課題や目標を立てていきますか?
KY:ラリーを走り切って、フィンランドの大会の雰囲気を感じたいですし、そこでトップとの差もわかると思うので、自分がどれぐらいのポテンシャルで走れるのかも知りたいです。それに向けて、まずしっかりペースノートなどを作れるようにしたいですね。
RO:目標は難しいですね。絶対完走したいというのは当然として、やっぱりたまには速くないといけないかなと思っています。無駄に抑えすぎることは、安全だとは思っていないので。先に貫太さんに言いたいことを言われてしまいましたが! 自分も、普通に走って、どれくらいの差になるのかを知りたいです。
KY:現場に行ってレッキもしたサボンリンナでは、ヤルッコ(ニカラ)さんが勝っていますし、このカテゴリーではヤルッコさんがトップだと思っているので、彼よりも速く走りたいです。
──尾形選手はいつ頃からラリーに参戦したいという気持ちを持ち始めたのでしょうか?
RO:父がクルマ好きで、家にグループB時代のビデオなどもあったので、小さい頃からそういうのを見て育っているので、必然のような感じでした。シトロエンがクサラWRCからC4 WRCになった頃からモータースポーツを見なくなったのですが、高校でバイクの免許を取ってから、また楽しくなってきました。
──好きなWRCドライバーは?
RO:難しい〜。これはトヨタのドライバーを言った方がいいのかな(笑)。でも、ティモ・サロネンです。マツダ323もいいですが、チャンピオンになったプジョー205の時とかですね。
KY:自分は、ラリー自体を知ったのが、2年前の岡山国際サーキットで(勝田)貴元さんが走った時くらいなので。(注:勝田はこの時、フォーミュラドリフトジャパンのイベントでデモンストレーション走行を行っており、この時に柳杭田と出会った)FDJにスポット参戦した(カッレ)ロバンペラくらいしか知らなくて、「すげードリフト上手い人」って思っていました(笑)。なので、好きなドライバーは、貴元さんひと筋です。でも、(アドリアン)フルモーさんは、クロアチアかどこかの車載動画を見て、すごいなと思いました。フルモーさんのドライビングは好きです。
様々な課題と希望を持って新しいチャレンジに歩み出したふたり。5月からは再びフィンランドで、トレーニングに励む日々が始まる。まずは、6月に予定されている初戦での戦いぶりに期待したい。